SEVEN MAGIG GIRLS

Chapter1 帝国ダークマジック

24:安らぎの時

夢を見ていた気がする。
長い長い悪夢を。



目を開けて、最初に飛び込んできたのは見知らぬ天井。
見覚えがあるようでない、そんな場所。
「ここ、は……?」
起き上がろうとして体に走った痛みに、思わず小さな呻いた。
体が、うまく動かない。
「あたしは、どうして……」
「一番衰弱していたんだ。すぐに動くのはやめておいた方がいいぞ」
耳に入った言葉に、驚いて顔を動かした。
視界に入ったのは、微かに笑みを浮かべて立っているよく知る人物。
「アール……」
「気分はどうだ?悪の支配者を倒した英雄さん」
悪戯っぽい笑みを浮かべてアールが顔を覗き込んでくる。
「頭がくらくらする……」
「それはそうだろう。お前が一番出血が酷かったからな」
「出血……」
そこまで聞いて、頭の中にかかっていた霧のようなものが一気に晴れた。

全て思い出した。
今までのことを。
自分が知っている限りの、あの戦いを。

「みんな!あたしの仲間は……」
体を起こそうとして再び全身に走った痛みに、そのままシーツの上に倒れてしまう。
「お、おい!無理をするな!さっきお前が一番出血が酷かったんだって言っただろうが!」
「あたしのことなんて、どうでもいいっ!!」
無理に起き上がろうとしながら、アールを睨むように見た。
彼女の頭は自分のことより仲間の安否に対する不安で埋め尽くされているらしい。
「あいつらは……」

「人のことより、まずは自分を心配するべきね」

突然聞こえたその声に、アールは言いかけた言葉を飲み込んだ。
「え……?」
「ただでさえ1週間も意識不明だったのはあんただけなんだから」
呆れた様子で部屋に入ってきたのは、あの時自分に覆い被さってきた親友。

「タイム……」

無意識のうちにルビーはその名を呼んでいた。
「まったく。何マヌケな声出してんの」
ため息をついてアールをどけると、がしっとルビーの肩を掴んだ。
そのまま無理矢理ベッドへ押し付ける。
「……っいつっ!?何すんのっ!!」
「そう。そうやってた方があんたらしい」
思わず反論したルビーに、にっと笑い返す。
「……まったく。お前らは」
隣で呆れたようにアールがため息をついた。
「……あたしで遊んでない?2人とも」
「半分ね」
「~~~タイムっ!!」
怒鳴り返して傷が痛んだのか、ベッドの中で蹲るように丸くなったルビーを見て、2人は小さく笑った。

「……で?」
ようやく落ち着いたらしい。
2人に手伝ってもらって起き上がると、ルビーは真面目な顔で口を開いた。
「みんなは?イセリヤはどうなったの?」
その問いに、タイムもアールも驚いたという表情をする。
「……?何?」
「お前、何も覚えていないのか?」
「何が?」
アール問いに、何が何だかわからないと言う表情でルビーは聞き返した。
「ルビー、あんた何処まで覚えてる?」
考え込むような表情でタイムが尋ねる。
「えっと……」
同じような表情をして、ルビーは必死にあの時の――タイムとアールが言う1週間前の記憶をたどった。
「あんたがあたしの上に被さって来て、額が熱くなって……」
不意に、言葉を止めた。
「……それだけ。そこから先は何も覚えてない」
あっさり終わってしまった言葉に、タイムとアールは顔を見合わせた。
「私たちがエスクール奪い返した後、ここに辿り着いたのが反乱集結直後だ」
静かにアールが口を開いた。
「そのときには、既にレジスタンスの幹部5人がお前たちをここに運んでいたが、そいつらが言うには謁見の間はメタルアイアンさえも燃え尽くすほどの炎で焼かれていたらしい」
「え?」
メタルアイアン。
それはインシングで最も硬く耐熱性がある金属。
防音効果もあるために、よく城や騎士宿舎の会議室の壁に埋め込まれる金属だ。
それが燃え尽きてしまうなど、普通に考えればありえない。
「あたしたちも見てきたけど、本気で原形留めてなかったよ。あれだけの物を焼き尽くす炎なんて、あんたかイセリヤ以外いないと思ってたんだけど」
考え込むようにしてタイムが言った。
そう、普通に考えれば、それだけの炎を生み出せる者はルビーかイセリヤ以外に考えつかない。
セレスの攻撃属性は光であるし、ペリドットの水晶術ではそこまでの炎は生み出せないはずだ。
そして、もし炎を生み出した者がイセリヤならば、自分たちが今、こうして生きていることはありえない。

「あたしがそこまでの炎を出した……?」

呆然と、呟く。
記憶にない。
まったく覚えていないのだ。
額が熱くなった後のことを。
体中が熱くなった後のことを。

しばらくの間、室内は沈黙に包まれていた。
3人とも一言も話そうとはしなかった。
話すことができなかった。

「……まあ、どちらにしても」
不意にアールが口を開いた。
「勝ったのはお前たちだ。それだけでいいじゃないか」
何処かやりきりない表情で言った。
それの原因が何にあるかを悟り、ルビーも小さく笑った。
「うん。そうだね……」
「さて!」
ぱんっと手を叩き、アールはこちらに背を向ける。
「あいつらも待っているだろう?お前が目を覚ましたこと、知らせに行ってくる」
そう告げると、静かに部屋を出て行った。



「ねぇ、タイム」
しばらくして、漸くルビーが口を開いた。
「何?」
「あたしさ……。こんなこと言うと珍しいとか言われそうなんだけど」
ぎゅっと、無意識のうちにブランケットの上に出した手を強く握り締める。
「……怖かったんだよね」
その言葉に、意外そうにタイムが彼女を見た。
「怖かった?イセリヤが?」
静かに頷く。
「最初は……」
言いかけて、何を思ったのか、言葉を切った。
「最初、1人で乗り込んだときは絶対勝つって自信だけだったんだけど、いざ乗り込んで、思わぬ……何て言うかな?プレッシャー?に『怖い』って思った」
手を握る力をさらに強める。
そのせいで掌に血が滲んでいるのだけれど、当の本人は気づいていないようだった。
「だけどみんなが来てくれて安心して。また『絶対勝ってやる』って気持ちが湧いてきた。だけど……」
握る力が強すぎて血が流れ出した手をさらに強く握る。
「あんたがあたしをかばったとき、何か、また怖くなった。最初の恐怖の比なんかじゃなく、物凄く……」
それ以上、言葉にできない。
してはいけないような気がして。
伝えては、いけないような気がして。
「小さいころのあんたってさ」
不意にタイムが口を開いた。
ルビーに向けられたその顔には、本人も意識しないうちに優しい笑みが浮かんでいる。
「怖がりだったもんね」
「……え?」
「今でこそ蜘蛛以外の弱点がなくって、『組織潰し』とか言われてるのに、昔はお化けとか大の苦手で、怖い話で泣いてたじゃない」
思わぬ昔話が出てきて思わずルビーは顔を赤くする。
「それは……」
「要するに」
言いかけた言葉を遮って、再びタイムが口を開いた。
「本質的なところは昔のまんまってことだ」
「な……っ!?何処がっ!!」
昔のことは穿り返されたくないのか、真っ赤になってルビーが怒る。
「あたしの何処が怖がりだって……」
「そうなんじゃないの?怖がりで、寂しがり屋」
きっぱりと言われて、返す言葉が見つからない。
「昔っからそう。変なところだけしっかりしてるのに、1人になるのは大嫌いだった」
「あ……」
「特に留美おばさんと誠也おじさん……ルーシアさんとセシルさんが亡くなった直後なんて、すごかったし」
「あれは……」
「周りはセレスの方が取り乱すと思ってたみたいだからね。あたしもそうだったし」
「あれは、何ていうか、その……」
「ま、別に無理に理由をつけなくて言いと思うけど」
あっさりと言うタイムに、ルビーは何か言いたそうな視線を向ける。
「だってそうでしょう?完璧な人間なんてつまらないじゃない。誰しもひとつくらいは弱点持ってなくっちゃねぇ」
にやにや笑って言うその言葉には何かが含まれていると、付き合いが長ければ誰だってわかってしまう。
「何が言いたいわけ?」
思わず警戒して返すと、その途端思い切り吹き出した。
「ちょ……っ!何も笑うこと……」
「大丈夫大丈夫。誰にも言わないであげるからさ」
くすくすと笑いながら、それでも安心できる笑顔で言った。
「カッコつかないでしょ? 『組織潰し』の二つ名を持つ最強女子中学生が、まさか寂しがりやなんてね」
「タイムっ!!」
真っ赤になって声を張り上げるルビーを見て、タイムはさらに声を大きくする。
「信じてってば。それに……」

「姉さんっ!!」

タイミングよく扉が開いて、何人かの人物が雪崩れ込んできた。
気づいていたのか偶然なのか。
おそらく前者なのだろうけれど。
「こんなに仲間がいるんだから、あんたがそれを外に出すことも気づかれることも、あと何年かは確実にないでしょ?」
そう告げると、タイムは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
それでも、それはどこか安心できるもので。
「ま、そうだろうね」
そんな彼女に苦笑して、わざとうんざりすると言うような口調で返してやる。
「姉さんっ!よかった。もう大丈夫?」
直前の会話を聞いていなかったのか、あるいは聞かぬふりをしたのか、ベッドの側に駆け寄ったセレスは何も言わずにルビーの顔を覗きこんだ。
「大丈夫だったらとっくに外に行ってるわ」
派手にため息をついて返すと、耳に笑い声が飛び込んできた。
「確かに、その方がルビーちゃんらしいね」
「まあ、その怪我も教訓ね」
「なーんかペリートもミスリルも、言い方にトゲがある気がするんたけど?」
「気じゃないわ。トゲがあるのよ」
顔を引き攣らせて聞き返すルビーに、きっぱりとミスリルが言い放つ。
「……あんたねぇ」
「無理に動くと治りが遅くなるわよ」
「無理無理。言ったって聞かないのわかってるでしょう?」
「それもそうね」
「そこっ!動けないからって言いたい放題言ってんじゃなーいっ!!」
起き上がろうとしてまた体が痛んだのか、小さく呻いて思わず体を丸めた。
そんなルビーを見て、ベリーとレミアがくすくすと笑う。
怒鳴りながらも、痛みに呻きながらも、ふと思った。

ああ、いつも通りなんだ。
いつもの日常が、ここにあるんだ。

それがすごく安心できるものだと知ったのは今。
壊したくないものだと知ったのも、今。

「あーもう!とっとと怪我治してやるんだから!」
「あはは。ま、その方があんたらしくていいわ」
「タイムーっ!!」



ふざけ合いをする中で、誰もが願っていたことは、この平和が続くこと。
しかし、平和というのは脆く崩れやすいもので。



それは確立したときからゆっくりと。
しかし、確実に崩れ始めている。

remake 2003.02.09